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長谷川利行展ー七色の東京ー [美術鑑賞]

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今日は府中市美術館で開催されている≪長谷川利行展ー七色の東京ー≫を鑑賞しました。
長谷川利行(1891-1940)は京都に生まれ、10代から20代にかけては文学に傾倒し、自ら歌集も出版しています。30歳頃に上京、本格的に作画活動に没頭し、遅まきながら36歳で第14回二科展樗牛賞、翌年には1930年協会展で奨励賞を受賞するなど、一挙に画家としての天賦の才能を開花させました。しかし、私生活の面では破天荒を極め、定職には就かず、酒に溺れ、友人や知人に度々金を無心し、自分の絵の押し売りなどを繰り返した挙句、病を得て路上に倒れ、遂には東京市養育院で誰に看取られることなく49歳の生涯を閉じました。
利行の大規模な回顧展が開催されるのは2000(平成12)年以来、実に約18年ぶりのことです。
以前から利行の展覧会が開催されるのは極めて稀で、それは恐らく利行の作品の多くが個人所蔵で、作品の貸し出しや権利関係など色々な大人の事情が絡んでいるためと思われますが、いずれにせよ、利行の作品が一堂に会する貴重な機会ですし、これを逃したら、今度はいつ展覧会が開催されるのか全くわからない状況なので、行ける時に行くことにしたわけです。
利行の絵は過去にはフォーヴィスム(野獣派)の系譜で語られることがありましたが、私個人は利行の絵は単純に「フォーヴィスムの絵画作品」ということだけで片付けられないと感じております。
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たしかに利行の絵は一見すると、感情の赴くまま自由奔放に激しいタッチで描かれているように感じますが、絵に近づいて改めて画面を見ると、実に繊細に絵具を何層も重ねて、綿密に仕上がりの計算をしながら描いていることがわかります。
私は当ブログのプロフィールの“好きなアーティストは?”の項目で、「己の感情を理路整然としていながらも破壊的に表現するイカレタ奴」と書いておりますが、これは決してふざけて書いているのではなく(他の項目はふざけているのもあるが)、正に長谷川利行のことを思い浮かべながら書いたものなのです。
頭の中は非常に冷静で、理性で絵画を構築しているのだけれど、それは絵を描く際の激しい感情・感性をも理性でコントロールしている。
このことが利行の絵をめちゃくちゃにしていない一つの要因ですが、この言うなれば「計算尽くの自暴自棄」のおかげで、利行の絵がフォーヴィスムの絵画と一線を画している要素ともなっているのではないでしょうか。
恐らく、利行には韜晦癖があったような気がいたします。
利行自身の繊細でナイーヴな性格や人間としての弱さを隠すために、時に酒の力に頼りながらも、敢えて自身が持ち合わせていない激しく乱暴で破壊的(に見える)な絵で表現したのではないかと。
そう考えると、利行が破滅的な放蕩生活を送ったのも、自身の真の姿を隠す「アウトロー」としての長谷川利行を演じるための計算だったような気がしてなりません。
利行が出版した歌集に掲載されている短歌は、絵とは対極にある実に素朴で正統な歌が詠まれていて驚かされますが、これが本当の利行の姿なんじゃないかな。
言葉での表現ではあまりにも自分の内面にある本性が出てしまうので、文学を捨てて絵画での表現に移行したというのは、ちょっとうがった見方かな?
まっ、とにかく、こういう人は厄介なので、そっとしておいて、ただ黙って作品を鑑賞するのが賢明でしょう。
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前述したように、長谷川利行の展覧会は極めてレアですし、利行の絵は実際に実物を鑑賞しないとその良さが伝わってこない部分があるので、お時間があれば、ぜひ一度鑑賞されることをおススメいたします。
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府中市美術館では7月8日まで開催しています。

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